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【セミナーレポート(上)】100歳まで楽しく歩こう!今から始める、後悔しないためのカラダづくり

基調講演:身も心も若々しくあり続けるために“終わりなき挑戦”

日本人の平均寿命は男性約81歳、女性約87歳(※)と世界トップクラスです。しかし、介護などを受けず、自立して生活できる「健康寿命」は約10年短いといわれています。いきいきとした老後を送るためには、自らの健康を自ら維持することが必要です。「100歳まで楽しく歩こう」をテーマに日本経済新聞社様にてセミナーを開催、活力あるカラダづくりの秘訣を探りました。
※出典:厚生労働省「平成27年簡易生命表」

 【講演】元スピードスケート選手 岡崎 朋美氏

目の前の課題一つずつ、自分に限界を定めない

私の実家は北海道の酪農家。搾りたての牛乳と家の畑でとれた野菜を食べて育ちました。平たんな土地柄だったので冬の体育はスキーではなく、トラクターで整地したリンクでスピードスケートです。
小学校のときに競技を始めたのですが、大会ではいつも1位になる女の子がいて、私は負けてばかり。その子が体調を崩したときに優勝できて初めて勝ちの楽しさというものを味わいました(笑い)。
その後、中学校、高校でも競技は続けましたが、全く無名のまま。社会人になってもスケートを続けようという気持ちはありませんでした。

転機は橋本聖子さん

転機は橋本聖子さんとの出会いです。高校のあった釧路での大会に聖子さんが来場し、じかにお会いできました。
全く別次元の人なんだろうなと思っていたのですが、ご本人はいたって普通の人。私も鍛えれば聖子さんに近づけるんじゃないかと思えて……。ちょうどそのとき当時の聖子さんの監督が私に「卒業後にスケートをやらないか」と声をかけてくれました。
それまでは、卒業したら地元で就職、と考えていたのですが、聖子さんと一緒にトレーニングできるチャンスを目の前にして悩みました。周りは「聖子さんのトレーニングはものすごく過酷だし、岡崎には無理だろう」と言っていたようです。それでカチンときて、なんとかなると聖子さんの所属していた富士急行に飛び込みました。トレーニングは本当に過酷で、過呼吸になったりしながらもなんとかついていきました。

無名だった私が、ここで自分を鍛え上げ、その後、皆さんの応援をいただきながら、数々の国際大会で活躍できたのはご存じのとおりです。2013年に42歳で引退するまで充実した選手生活を送ることができました。
とはいえ選手生活がずっと順調だったわけではありません。28歳のときには椎間板ヘルニアを患ってしまいました。多少腰が痛いなと思っていたら、そのうちベッドから起き上がれない……。マッサージで何とかトレーニングをこなしていたのですが、選手として続けるなら、手術が必要だとドクターに告げられました。スピードスケートの選手で、腰の手術から復活した人はそれまでいなかったそうです。
誰もやったことがないなら私が、という気持ちで手術を受けました。リハビリも前例がないので手探りで進めていきました。振動を与えるのはダメといわれたのですが、スケートは大丈夫と勝手に判断して、結局リンクでリハビリしてしまいました(笑い)。負けず嫌いの性格も一役買って、なんとか2年で復活できました。

挑戦に年齢は関係ない

36歳のときに結婚、3年後に長女を出産しました。ママになっても選手が続けられるのか、とにかくやってみようと。周囲の応援もあり、続けることができました。私はあまり高い目標を掲げず、目の前にある課題を一つずつクリアしていく、するといつの間にか大きな目標に近づいているということを繰り返しています。そのため自分に限界を定めることはしません。

私の500mの自己ベストは37歳のときのもの。引退後様々な仕事に挑戦していますが、チャレンジには年齢は関係ないと実感しています。やってみようという気持ちこそが前に一歩踏み出せる原動力なのです。

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